「007 SPECTRE」に見る、ジェームズ・ボンドというオッサン向けアイドル
オラフォーである我々世代の男は、オッサンになるということを明確に日々意識している。
日々落ちる体力。部下や後輩とのジェネレーションギャップは広がるばかり。
頭は薄くなり、加齢臭が気になりだす。
オッサンになると、趣味嗜好も変わるのですが、映画もまた然りです。
いわゆる「ミッドライフクライシス」を描いた映画に、強く感情移入できるようになる。
【ミッドライフクライシス】
または「ミドルエイジクライシス」。「中年の危機」と訳される。
中年期を迎えた、特に男性に訪れる不安症の一種。中年期に、些細なきっかけから思ってもみなかった自分の本心に気付き、価値観が揺さぶられたり、葛藤が起こること。
この「ミッドライフクライシス」を描いた代表的な映画といえば「アメリカン・ビューティ」(1999)。
この映画がアカデミー賞を受賞したとき、私たちは学生だった。
ちょっとエロいシーンがあるけどピンと来ない映画、くらいに捉えていた20代。
今見直すと、ケビン・スペイシー演じる主人公のレスターの気持ちに一段とフォーカスすることができる。シュールで場当たり的に見えた結末ですら、オッサンの思いを凝縮したハッピーエンドに見えてくるから不思議だ。
「アメリカン・ビューティー」を監督したサム・メンデスは、最近封切られて話題になっている「007 SPECTRE(スペクター)」(2015)の監督でもある。
考えてみれば、「007」こそ、元祖・「ミッドライフクライシス」のオッサン向け映画かも知れない。
トム・フォードのスーツ、オメガの腕時計に身をつつみアストンマーティンを乗りこなしながら颯爽と任務をこなす姿は、サラリーマン向けのスーパーヒーロー。
革ジャン・Tシャツ姿でバイクを乗り回すトム・クルーズの「ミッション・インポッシブル」とはターゲットが明確に違うことが良くわかる。
まず、ジェームス・ボンドは年上にも年下にもモテモテ(SPECTREのボンドガールは50代のモニカ・ベルッチと20代のレア・セドゥだ)。
アラフォーのオッサンはまだまだモテたいのだが、どんどんモテなくなっていく。冗談ではなく、このギャップが「ミッドライフクライシス」の原因の一つなんじゃないかと。
ボンドの行動原理は「熱情」で単独行動も辞さないのに、国家への忠誠心は揺るがない点も、社畜ミドルの心をくすぐるのだ。
アクションシーンをデスクワークに脳内変換すれば、理想のサラリーマン像が出来上がり。ジェームスボンドへの憧れは、「ミッドライフクライシス」の初期症状なのかもしれない。
次にドラマではありますが「ブレイキング・バッド」(2008-2013)も、「ミッドライフクライシス」について語った物語。
50歳を迎えた主人公のウォルターは、しがない科学教師。自身の身体が癌に侵されていることを知った彼は、死後家族への資金を残すために悪の道へ踏み込んでいく。
主として描かれるのは道徳的な善悪二元論や薄っぺらな家族愛などではなく、人生の終わりを視野に捉えた中年オヤジが価値観を変容させていく過程であり、ダークでリアルなオッサンの物語。
我々オッサンが、「悪落ち」していくウォルターの姿にカタルシスを覚えるのは、これまでしがない教師職としてつつましく生きてきた彼が、中年期の(文字通り)危機的状況をその知識と決断で強引にブレイクスルーしながら、自分自身の過去の価値観をもブレイクしていくという、中年期の自己成長の物語に共感と憧れを抱くからにほかならない。
中年期、我々男性は、これまで喉から手が出るほど欲しかった「安定」を手に入れる。
仕事は落ち着き、後輩や部下が出来、家族が出来、社会的にかつてないタフさを手に入れる。
反面、身体が徐々に衰えはじめ、人生の終わりが視野に入ってきたとき、ふと思うのだ。
「これでよかったんだっけ?」
「家族のためにと頑張ってきたが、家族は俺を愛しているだろうか?」
「なんで俺はこれをしてないんだっけ?」
「なんでこんなことに悩んでいるんだろう」
言葉を変えれば、少年期から青年期を経て壮年へ、社会の中で継続的に「成長」し続けることを強いられてきた男性にとって、体力的に自分のピークが終わったことを悟るということは、自分の精神的な成長の終わりをも意味している。
ジェームス・ボンドのような超人的な活躍ができない我々には、せめてささやかな日常の新しさや新鮮さが必要なのかもしれない。
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